駿河の白隠さん

平成28年新年号NO18に「沼津の偉人白隠さん」のことをのせたことがありま す。「白隠禅師250年遠諱記念展 駿河白隠さん」が三島の佐野美術館で行われて いたので視察してきました。

白隠さんは、臨済宗の中興の祖(いったん衰えたもの を、中ごろ、再び盛んにすること)とされ、禅の民衆化 に努めたことで知られています。 「白隠さんは沼津市原生まれ、晩年は三島市沢地の龍沢 寺を開山し84歳で亡くなりました。県内外の寺を巡り、 伊豆地区でも熱海市、沼津市江梨、清水町、函南町、河 津町、松崎を訪れている。

禅の心を分かりや すく伝えるため多くの書画を残され、白隠さんの教えを 広めたいという思いがあらわれていました。

北條寺にある白隠さんの掛軸が見つかりましたので修理して本堂の下間(堂に入っ てわが身の左をいう。禅宗のことば)展示してあります(写真)。

佐野美術館の「駿河の白隠さん」・国立博物館の「運慶」・上原美術館の「上原美術館コレクション」の資料がありますので読んで見たい方は申し込んでください。

五島列島潜伏キリシタン関連世界遺産

平成30年11月18日(日」から19日(火)に「五島列島に泊まる充実の観光 3つの世界遺産をめぐる五島列島」のツアーに参加しキリシタンのことを書きます。

世界遺産登録の集落に立つ教会など、約70もの教会が点在

豊臣秀吉・徳川家時代の禁教期、約3000人もののこの発音 キリシタンが厳しい弾圧から逃れ、五島列島へ移住。 久賀島(ひさかしま)では42人ものキリシタンが殉教するなど、さまざまな迫害がありながらも彼らは約250年もの間潜伏し、信仰を守り続けました。そんな五島列島には、彼らは身を隠しながら生活した集落と、 キリスト教の解禁後に70もの建てられた教会がいた るところに残り、今も祈りを捧げている。

また、若松の西南にある断崖絶壁の奥行き50mほど の洞窟。若松島・里ノ浦のキリシタンたちは、五島崩れ が起こった際に迫害を避けて、船でしか行けないこの険しい断崖の洞窟に隠れた。
しかし、沖を通った船に朝食を炊く煙りを見つけられ、 捕らえられて拷問を受けたと言われる。
この洞窟は後に「キリシタンワイド」と呼ばれ、昭和42年に、入口の崖上に3mのキリスト像が安置された。土井ノ浦の信徒たちは、死者の日・11月2日の頃にはこの洞窟で祈りを捧げ、炊事をして先祖の遺徳を偲んでいる。

また、旧五輪教会堂は世界遺産の構成資産「久賀島の集落」にあります。久賀島の小さな漁港のすぐそばにたたずむ五島最古の木造 教会です。外観は瓦葺きの和風建築でありながら、内部はリブ・ヴォールト天井やゴシック風祭壇など、本格的な教会建築様式となっています。(写真)

この様に宗教的弾圧を受けたのは日本ではめずらし いことです。仏教では日蓮聖人が佐渡や伊豆に流され ています。幕府に逆らい島流しなったようです。指導者が弾圧をうけることがありますが一般住民が受けることはありませんでした。五島列島の住民の信仰心の強さに感動しました。